この歌は,忘れることができない,私の信心の道しるべでございます。
昭和一九年十二月生まれの私の長男が,結核性腎臓炎という重い病気にかかり,いろいろ手を尽くしましたがよくならず,
段々悪くなるばかしでした。
昭和二十六年八月に入り,重体となり,苦しい苦しい日が続きました。
私も夢中で看病し,夜も寝ずの毎日でした。
「お母ちゃん,苦しいよ―苦しいよー」
と言い続けるので,いたしかたなくふくれたお腹をさすってあげていました。
お念仏を唱えながらさすっておりましたが,疲れてうとうとしますと,
「母ちゃん,おがんでよー」
と呼ばれ,はっとして又お念仏を称えながらさすりました。
その時は気がつきませんでしたが,お念仏が子供には力強かったのでしょうか。
阿弥陀様のお慈悲が届いてくださったのでしょうか。
そして九月五日,あの子は阿弥陀様のところへ往きました。
その時私は泣きました。
泣いて泣いて毎日何もする気がなく,私もあの子のところへ往きたいと思いました。
あまりの辛さに,仏教書によって何とかなるのではと,古い本を出して読みましたら,最初に書いてあったのがこの歌だったのです。
この歌に気づかされて,思わす御本願がいただけました。
あの子は阿弥陀様から預かった子だったのだと,そして私のよろこびが足りなかったため,これでもかこれでもかと御催促していてくださったのだと思えました。
そうしたら今までの涙が違った涙となってどーっと出て,お念仏がとび出し,気持ちが落ち着いてまいりました。
おかげさまでその日から,朝夕のおつとめが始まったのでございます。
今でもあの子のことを思い出しますが,全部お念仏となってくださいます。
阿弥陀様の御手の中に抱かれている身の幸せをよろこびながら,毎日念仏暮らしをさせていただいております。
何卒皆さま方も,阿弥陀様の受けとってくれよとのお呼び声を,いただいてくださいませ。
合掌 小林 ちよ
極楽のまことの親に子を渡し
何をなげくぞ仮の親子が
―小林 ちよ様のお手紙より―