当寺総代村上義男さんは,一九九三年一月三日に六四才で逝去されました。

お寺のいろいろな問題に対し,文字通り粉骨砕身のご尽力をしていただき,深く感謝いたしております。

昨年末ご病床で「お浄土へ還らせていただきます」とおっしゃったお声が耳に残っております。

同じ総代の富永さんのご弔辞を紹介させていただきます。


『新年を迎えたばかりというのに,あなたはとうとうお浄土に往かれましたね。

三十一日の除夜会では村上さんの分と思ってもう一つ余分に除夜の鐘をつきました。

そのことを言いたかったのですが,もう言葉を交わすことが出来ませんでした。

病院での私の最後の呼びかけが聞こえましたか。

あなたはひとすじの涙で答えてくれましたね。

奥様とご子息にしっかりと両手をとられて,静かにお浄土に旅立たれました。

元旦に配られたあなたの自筆の年賀状は,ご自宅で痛みをこらえつつ一生懸命書いておられたと,奥様から聞いていました。

なんというすごい人だろうかと思っていました。

あらためて手にとって何度も何度も見ました。

何を思い何を念じてこれを書かれたのだろうかと。

この賀状にはあなたの性格や生きかた,信念が込められていることに気づきました。

あなたのことについて多くを語る必要のないものがこめられていました。

詩などつくったこともない私に,ふとこんな詩のようなものができました。

笑わないで聞いて下さい。

「”村上さんからの年賀状“

 お浄土への旅立ちの挨拶がこめられています。

 奥様とご子息への愛がこめられています。

 お寺のことを頼むよとの願いがこめられています。

 南無阿弥陀仏とお念仏の声が聞こえてきます。

 苦しい闘病生活の中で,
 ある日あなたはぽつんと私に言いました。
 
 九州弁で
 ”やっぱりお念仏が一番いいバイ”と。

 もうあなたは仏さまの腕の中で
 しっかりと抱きとめられています。

 そしてあなたにお念仏の心を伝えてくださった
 お母様の懐の中ですね。
 
 これからは残されたご家族や私達をも,
 お浄土からお導きください。
 
 最後にあなたのお浄土への旅立ちに,
 ”おめでとう”とエールを送らせていただきます。」
 平成五年一月六日 富永 和雄 拝 』

 
村上さんを偲んで