モズは取ってきたえさを木の枝に突き刺しておくのが習性です。
あるモズがえさを枝に刺して考えました。

「明日食べに来るから,場所をよく覚えておこう。」


翌日そのモズは,しっかり覚えておいた目印を頼って飛んでいきましたが,さっぱり見当たりません。

「おかしいな,あのヒツジの形をした白い雲の真下だったのに。」

モズはいつまでも,ヒツジの形をした白い雲を探して飛び続けました。

私たちは人間として生まれ生涯を送っていますが,毎日の生活で思うことは,

「少しでも楽な暮らしがしたい。落ち着いた安心の日々を過ごしたい。」

ということが中心ではないでしょうか。
そのために,「これでよし」という頼りがいのあるものを握っておこうとします。

ある人は

「金が頼りだ,金があれば」

と,お金を頼ろうとします。
またある人は

「子供が頼りだ,子供こそ生きがいだ」

とか

「君を頼りに私は生きる」

と,愛情を頼りにしようとします。

しかし「諸行無常」の道理,物事は常に移り変わり止まることはないという仏教の教えの通り,物質も人の愛情もいつまでも止まっていてはくれません。
「ヒツジの形をした白い雲」なのです。

「いや,他のものを当てにするからいけないのだ,私は自分自身を頼りにする」

という人もあります。

しかし,自分の知性も健康もいつか必ず衰えます。
頼りになるものは,移り変わらないもの,間違いないもの,大きな力のものでなくてはなりません。

因幡の妙好人 源左さんは,父親の遺言

「おれが死んだら,親さまを頼め」

ということばで,安心の世界に入ることが出来ました。

親さまとは何か,彼の求道の出発点はここにありました。
変わり続きの中で変わらないもの。
それは「真実」です。

私に働きかける真実の力を知らされ,これを頼りとする時,間違いのない安心を頂戴できるのです。

「親さま!」

と頼れる大きな力,その力を真実からあふれ出てくる「阿弥陀如来の本願力」と仰ぐのであります。


何をたよりに生きますか