人は生れてきた以上,必ず死を迎えなければなりません。

そのことがお釈迦様のご出家の動機であり,仏法は「死の準備」について説くものと思います。

これなくしては不安で不安でたまらないはずなのですが,
私達はつい目先の欲を満たすことに夢中になり,まぎらわしたりごまかしたりして,
このかけがえのない人生を過ごしております。

死の前には,長い間つちかってきた教養や知識も,財産や名誉や家庭も,すべて当てになりません。

死は今日かも明日かも,あるいは十年後かも,誰しも全く解りません。

それは健康に自身のある人でも,ガンの告知を受けた人でも皆同じであります。

生命の保証は一瞬先にもありません。

ですから死の準備は「今」しなければなりません。

蓮如上人も,

「仏法には明日ということあるまじき」

とおっしゃいました。

忙しいからとか,まだ若いからなどと言ってはいられません。

何はさておいても,まずはお寺の法座などで繰り返し聞法していただかなくてはなりません。

そして生命のよりどころであるみ仏のお心をしっかりといただかれることが,人生にとって何よりも大事なことと思います。
死の準備