戦中戦後のもっとも貧しい時期に教育を受けた私にも,たった一度の修学旅行がありました。

昭和二十五年五月高校三年生のとき,

「皆で箱根に泊まるだってよう。」

と学年全体が色めきたったのですが,全費用が千円と聞いて止める者が続出し,結局五分の一くらいが参加しました。

汽車もバスも全て一般の乗客と一緒で,いずれも超満員のため立ちっぱなしでした。

乗り物の本数が非常に少ないので乗り換えに時間がかかり,朝早く出発しましたのに,東京駅で豊橋行き普通列車に乗り込んだ時は既に昼過ぎでした。

夕闇迫る箱根登山鉄道宮ノ下駅に下車し,まだ工事中でケーブルカーがないために早雲山中腹の旅館を目指して皆ヘトヘトになってよじ登りました。

夜は薄い掛け布団が二人に一枚づつ与えられ,二人は柏餅のようにその布団にくるまって寝たのでした。

どちらかは畳の上にはみ出してごろ寝になりました。

翌日は芦ノ湖畔まで歩き,本箱根についた頃は雨が振り出しました。

そこから小さいバスにぎゅうぎゅう押し込まれて熱海へ降りました。
右に左に揺れながら,友達の肩越しに時に見える十国峠の景色に,皆

「すげぇ」

と歓声をあげました。

駅のホームや車中で,

「私は新婚旅行でこの箱根に来ましたよ。」

とにっこり笑って静かに話された数学の浜先生や,

「僕は今度男の子が生まれたんだよ。」

と嬉しそうに大声で言われた国語の細井先生のお声がまだ耳に残っています。

先生方がいつもの厳しい授業中のご様子とはまるで違い,親しくなごやかにお話下さったことが非常に嬉しく印象的でした。

大変懐かしい思い出ですが,写真は一枚も撮りませんでした。

その後どこの学校でも貸切バスで修学旅行をするようになって驚きました。

毎日空腹に耐え,帰宅すれば薪割りや井戸水汲みなどをしていましたが,皆仲良く生き生きと明るく過ごしていたように思います。

あれから四十三年が経ち,私たちの生活は大変ぜいたくになりました。

物が豊になると心が貧しくなるといわれますが,私たちの心は次の様になったと思います。

思慮浅く表面的な快楽をむさぼることに夢中です。

忍耐力乏しく,些細なことで衝動的言動に及びます。

自分を正当化してすぐ人を見下したり裁いたりし,わがままで自惚れている自分の心に気づきません。

能力や知識を競い,ひけらかし,いじめが横行しています。

宗教は我欲を満たす手段ぐらいにしか考えません。

親鸞聖人が最もいましめられたのはこのような「慢心」であります。

もっともっと謙虚な心で聞法を重ねなければなりません。

これからはなによりも優先して心を育て心を大切にする世の中になってほしいと思います。

 
たった一度の修学旅行