誠寺は江戸時代は寺子屋として栄えていました。

囃しの童謡碑の正面に向かって右手後ろに「律師白公墓」という筆塚があります。

師白公とはこの證誠寺の第五代住職の了因法師のことです。了因師に限らず、このお寺のお坊さんは大変多芸多才な人が多く、書道、華道、蹴鞠、三味線など色々な特技を持っていて、お寺に集まる人たちに対し住職が先生となって教えていました。了因師は弟子が300人もいたらしいです。

治時代になって一時このお寺が小学校になっていた事もありました。

 


了因法師